骨太方針から考える、これからの個人の資産管理
政府の骨太方針が示された。
その是非については、さまざまな議論があると思う。
しかし、経済の専門家ではない私が経営者の視点から気になったのは、個々の政策よりも、政府がどのような経済環境を前提としているのか、という点だった。
今回の方針からは、大きく三つの方向性が読み取れる。
一つ目は、政府債務を金額そのものではなく、GDPとの比率で管理していくこと。
二つ目は、官民の投資を拡大し、名目経済を成長させること。
三つ目は、その過程で急激な金融引締めを避け、当面は実質金利が低い状態の中で経済を動かしていくことである。
実質金利をマイナスに維持することが、骨太方針に財政目標として明記されているわけではない。
ただし、債務残高対GDP比を改善しながら投資を拡大するためには、名目経済の成長率に対して金利を一定程度抑えることが、重要な前提になる。
日本銀行も、足元の実質金利が大幅なマイナスの状態にあると説明している。
この政策運営が続くとすれば、個人の資産管理にもいくつかの示唆がある。
現金は「価値を守る資産」から「流動性を確保する資産」へ
デフレが続いた時代には、現金を保有すること自体に一定の合理性があった。
預金の金利が低くても、物価も上がらなければ、現金の購買力は大きく失われない。
しかし、名目経済の拡大を目指す世界では、この前提が変わる。
物価や賃金、企業の売上が上昇する一方で、現金の額面は変わらない。
一千万円の預金は、十年後も一千万円である。
しかし、その一千万円で購入できるものまで同じとは限らない。
だからといって、現金が不要になるわけではない。
生活費や納税、予期しない支出に対応するため、現金には重要な役割がある。
ただし、その役割は、長期的に価値を守ることではなく、必要なときに確実に使える流動性を確保することへ変わっていく。
現金を安全か危険かで考えるのではなく、何のために保有するのかを明確にする必要がある。
名目経済の拡大を取り込める資産を持つ
名目GDPが拡大する世界では、企業の売上や利益、土地や建物の価格も名目上は上昇しやすくなる。
個人の資産管理でも、こうした名目経済の拡大を取り込める資産の重要性は増す。
代表的なものは株式である。
ただし、株式であれば何でもよいわけではない。
物価が上昇しても、原材料費や人件費の増加を販売価格へ転嫁できなければ、企業の利益は増えない。
売上が伸びても、利益やキャッシュ・フローが残らなければ、企業価値にはつながらない。
見るべきなのは、単に成長市場に属しているかではなく、
物価や賃金が上昇する中でも、価格を転嫁し、利益とキャッシュ・フローを増やせるか。
という点になる。
名目経済の拡大期には、資産価格全体が一律に上昇するのではない。
環境変化を自社の収益へ転換できる企業と、コストだけを負担する企業との差が、より大きくなる可能性がある。
円だけで資産を持つことの意味を考える
もう一つ考えるべきなのが、通貨の分散である。
政府債務のGDP比率を管理しながら、投資と名目成長を重視し、実質金利を低く保つ。
この組合せは、国内経済を支える一方で、円の購買力に継続的な圧力をかける可能性がある。
もちろん、為替相場を正確に予測することはできない。
今後も必ず円安になると断定することもできない。
しかし、生活の基盤も、収入も、預金も、保有資産もすべて円に集中している場合、個人は円という一つの通貨に大きく依存していることになる。
外貨資産を持つ目的は、円安を予想して利益を得ることだけではない。
将来の購買力を、一つの通貨だけに依存させないこと。
こちらの意味の方が重要だと思う。
海外株式や外貨建て資産には、為替変動や価格下落のリスクがある。
それでも、円資産しか持たないことにも、別のリスクがある。
通貨分散とは、為替を当てるための取引ではなく、特定の政策や経済環境への依存を減らすための資産管理である。
金利が上がれば、すべての資産が上がるわけではない
一方で、「名目経済が拡大するなら株式や不動産を買えばよい」と単純化することもできない。
物価上昇が続けば、名目金利も上昇する可能性がある。
金利の上昇は、預金金利を改善する一方で、債券価格や不動産価格、将来の成長期待を先に織り込んだ高い株価には下押し要因となる。
実質金利が低い状態であっても、名目金利は上昇し得る。
したがって、名目経済の拡大に備えることと、金利上昇への耐性を持つことは、同時に考えなければならない。
重要なのは、特定の資産へ一度に移すことではない。
現金、国内外の株式、債券、実物資産などが、それぞれどのような環境で価値を持つのかを考え、異なる役割を持たせることである。
資産額ではなく、購買力を管理する
企業経営では、政策や市場環境が変われば、事業計画の前提を見直す。
売上目標だけではなく、価格、人件費、金利、為替、資金調達環境を見直し、それに応じて投資や資本構成を変える。
個人の資産管理も、本来は同じではないだろうか。
預金残高が減っていない。
投資元本を割り込んでいない。
前年より資産額が増えている。
これらは分かりやすい評価基準である。
しかし、物価が継続的に上昇する世界では、名目上の資産額だけを見ても、将来の生活を守れているかは分からない。
これから管理すべきものは、資産の額面だけではない。
その資産によって、将来どれだけの商品やサービスを購入できるのか。
つまり、実質的な購買力である。
今回の骨太方針は、直ちに特定の資産を売買すべきだと示すものではない。
政府の想定どおりに経済が動くとも限らない。
それでも、政府が債務の圧縮よりも名目経済の拡大を重視し、物価と金利のある経済を前提にし始めたことは、個人にとっても無関係ではない。
現金をどの程度持つのか。
名目経済の拡大を取り込む資産を持っているか。
資産が円だけに集中していないか。
金利上昇に弱い資産へ偏っていないか。
これらを一度確認する必要性は、以前より高まっている。
資産管理とは、将来の相場を正確に予測することではない。
一つの予測が外れても、生活と資産を維持できる状態をつくることである。
政策の是非を論じるだけでなく、その政策が前提としている経済を読み、自分の意思決定へ落とし込む。
それが、今回の骨太方針から個人が得られる、一つの示唆ではないかと思う。
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