会計基準は、誰のためにあるのか。

のれんの会計処理について、新たな方向性が示された。

償却を維持するべきか、それとも非償却へ見直すべきか。この議論は以前から続いており、それぞれに合理性がある。

償却には保守性や利益の平準化という考え方があり、非償却には企業価値をより適切に表現できるという考え方がある。

私自身も、会計学としてどちらか一方だけが絶対的に正しいとは考えていない。

しかし、今回の議論を見ていて、私が違和感を覚えたのは、会計処理そのものではなかった。

制度変更を議論する中で、産業政策上の効果や企業活動への期待が強く意識されていたように感じたことである。

私は、会計基準の第一の役割は、企業を支援することではなく、市場に共通のルールを提供することだと考えている。

株式市場は、異なる企業を比較し、その結果として資本を配分する市場である。

だからこそ、財務諸表は、できる限り同じ物差しで測定されることに意味がある。

もちろん、会計基準によって利益の見え方が変わることはある。

しかし、それ以上に重要なのは、企業同士を公平に比較できることである。

比較可能性が担保されているからこそ、市場は適切に機能し、投資家は安心して資本を配分することができる。

会計基準は、一企業のためだけの制度ではない。

市場全体の信頼を支える社会インフラなのである。

近年、日本企業を取り巻く資本市場は急速に国際化している。

海外投資家の存在感は高まり、企業は海外企業との競争やM&Aを行い、資金調達も国境を越えて行われる時代になった。

そのような環境の中で、会計基準だけを国内事情だけで議論することには、私は慎重であるべきだと考えている。

現実には、世界の資本市場はIFRSを中心とした方向へ進んでいる。

日本基準を採用する企業は今後も存在するだろう。

しかし、資本市場全体を見れば、国際的な基準へ収れんしていく流れは大きく変わらないように思う。

そう考えると、日本基準に求められる役割も、これまでとは変わっていくのではないだろうか。

もちろん、国際的な基準にも課題はある。

各国には税制があり、会社法があり、企業文化も異なる。

世界共通の基準が、すべての国に完全に適合することは現実的ではない。

だからこそ、各国には制度設計の役割がある。

しかし、その役割は、基準そのものを大きく変えていくことではないと私は考えている。

市場全体で共有すべき骨格は可能な限り共通化し、それぞれの国の事情は周辺制度や運用によって補完していく。

市場がグローバル化する時代だからこそ、ルールを制定する側には、そのような視点がこれまで以上に求められるのではないだろうか。

私は、今回の議論で残念だったのは、非償却という結論そのものではない。

会計基準が本来担うべき役割よりも、政策的な効果に議論の重心が置かれていたように感じたことである。

会計基準は、特定の企業や産業を支援するための制度ではない。

市場参加者が、同じ物差しで企業を評価し、世界中の資本が公平に配分されるための社会インフラである。

資本市場が国境を越えて一体化していく時代だからこそ、その基盤となるルールもまた、比較可能性を最も大切な価値の一つとして設計されることを期待したい。

執筆者

滝島 知樹